金谷ホテルヒストリー

エピソードで綴る金谷ストーリー

あれから50年…変わらぬ〝心〟

鬼怒川は広島に住む私たちが新婚旅行で訪れた想い出の地です。あれから50年、やっと二人きりでゆっくりと過ごす時間をもてるようになり、あらためてふたりの想い出の地を巡ろうと夫と話しました。
新婚旅行では「鬼怒川温泉ホテル」の心のこもったおもてなし、そしてホテルからみえる清流と山の木々たちの輝きの中で本当に充実した旅行になりました。
それから50年。当時に比べ様々な新しいホテルが立ち並ぶ中、私たちの滞在したホテルがそのままの名前で今もあることに気持ちが高ぶりました。
もちろん当時のスタッフの方々とお会いすることはありませんでしたが、50年前を思いおこすのに余りある“おもてなしの心”はそのまま。建物が建て替えられ見た目はかわりましたが、受け継がれるこの“心”に私たち夫婦は「本当に来てよかった」と、あの頃の気持ちを思いおこすことができました。そして、偶然にも訪れた10月23日は、私たちが新婚旅行に来たまさにその日でした。

〈2014年宿泊のお客様〉

こころをほどいてくれた初々しいあたたかさ

婚前旅行で宿泊しました。お部屋食を担当してくれた若い客室さんがとても話しやすく、たくさんお話をさせていただきました。そして、明日成人式のため、朝をご一緒できないとお詫びをいただきました。翌朝は夜から降り続いた雪で一面真っ白でした。丁寧なチェックアウトの後、彼と車の中で「成人式が無事に済むといいね」と話しながら彼女のあたたかなおもてなしを思い出し、とても素敵な旅行になったねと二人笑顔で帰ることができました。思い出に残る旅行をありがとうございます。

〈2013年宿泊のお客様〉

歴史の息づく金谷の名を世に残すために…

祖父ジョン金谷鮮治が作り上げたレストラン西洋膳所ジョンカナヤ。心ならずもそれを閉めなければならない決断をしましたが、その悔しさを忘れず、いつか新しい形で祖父の名を世に出したいと思い続けていました。完成目前に他界した祖父の夢を体現する鬼怒川金谷ホテルのダイニングをJOHN KANAYAと名づけ、同時にショコラトリーJOHNKANAYAを立ち上げました。こうして新生ジョンカナヤの名を世に出したのです。

〈代表取締役社長 金谷 譲児〉

精一杯の心づくしでお客様とわかちあった笑顔

先輩たちのように立ち振る舞いができず、自分のおもてなしに自信がもてずに過ごしていた毎日。その日担当したお客様は、お子様連れの若いご夫婦でした。笑顔を忘れず自分が今できる精一杯のサービスで接客していたところ、お客様から「生きてて良かった」と一言。少しだけお話を聞くと、お若いご夫婦だからこその子育てや仕事の悩みなど様々な気持ちをずっとお抱えでいらしたご様子でした。今までこんなに良くしていただいたことはないと笑顔でお話しいただき、お客様の気持ちと自分の気持ちが重なり、思わず涙が溢れました。

〈客室スタッフ〉

「いつものあの宿」もうひとつの大切な場所

結婚当初から主人と何度か来ています。その頃はまだ初々しかった皆さんが、今ではしっかりとお客様をおもてなししている様子を今でも拝見できるのがとても嬉しく思います。常宿があるって故郷がもう一つあるように思え、なんだか特別な気持ちになりますね。私たちにはとても大切な場所になっています。

〈2000年宿泊のお客様〉

60年近くの時を経て家族、そして孫とともに

「このホテルね、おじいちゃんが作ったんだよ!」元気な声で話しかけてくれた男の子。1958年の建て替えの時期に若い大工として現場に入っていたとお話しいただきました。まさか自分の作ったホテルに孫を連れてこられるとは思っていなかったと、息子さんご夫婦と一緒に幸せそうにお話しいただくご様子を見て、改めて老舗旅館の歴史を実感しました。  

〈フロントスタッフ〉

お客様との絆こそ金谷の未来への約束

「老舗は常に新しい」「信義は利なり」「全てはお客様の笑顔の為に」「誠心誠意」「地域貢献」金谷ホテル観光グループはこの5つのブランドプロミスを掲げ、実践していくことでお客様との絆を結び、この先も一緒に成長できる企業として歩み続けることをお約束いたします。

〈スタッフ一同〉