金谷ホテルヒストリー

日本のホテルの起源"カッテージ・イン"

明治5年、一人の外国人とのふれあいが、ホテルの歴史をスタートさせました。外国人を泊めたがらぬ時世だった当時、日光見物に来て宿がとれず、途方に暮れていたある外国人を自宅に泊めたのが、金谷ホテルの創業者である金谷善一郎でした。この外国人が「ヘボン式ローマ字」の発案者として有名なヘボン博士でありました。

善一郎の好意に大変感謝した博士は、その後、再び金谷家を訪れ、「国際的観光地として日光が発展するためには、外国人観光客を対象とした宿泊施設が必要である。」と助言をしました。こうしたアドバイスを受けて、金谷家は自宅の一部を外国人に提供し、「カッテージ・イン」と名付け、民宿を始めたのです。

これが「金谷ホテル」の創業であり、日本におけるホテルの起源のひとつとなりました。

羨望のホテル"鬼怒川温泉ホテル"

1927(昭和2)年、浅草から日光まで東武鉄道が開通。それに伴い、延べ23000坪という壮大な規模の旅館が計画されました。鬼怒川温泉ホテルの誕生です。

日光金谷ホテルの鬼怒川支店として、鬼怒川の発展の端緒を開く形で鬼怒川温泉ホテルは開業し、当時の宿泊料金は、1人5〜8円と同温泉では最も高く設定され、旧皇族や華族らに利用されました。鬼怒川沿いの眺望絶景の場所にあり、豪華、そして瀟酒という形容詞がふさわしい趣… 芳醇な和洋酒を取り揃えたバー&グリル… 豊富な種類の浴場… ダンスホール、ビリヤード場など多彩な娯楽施設… 和洋の粋を集めた羨望のホテルとして、近代日本旅館の原形となるすべてが、ここに創られました。

1953年に日光金谷ホテルから独立して鬼怒川温泉ホテル株式会社として再スタート。1969年に現在の金谷ホテル観光株式会社と社名変更をし、積極的に増改築に取り組み、日本国内でも有数の規模と施設を誇る旅館へと発展しています。

上質の結晶"鬼怒川金谷ホテル"

1978年には、同じ鬼怒川温泉に鬼怒川金谷ホテルを鬼怒川温泉駅前の一等地に開業しました。新しい市場を狙って高級旅館として誕生させました。これまでの長い歴史に培われたサービスを結晶させ、設備からサービスまであらゆる面での上質を提供しています。また、「本物の旅館とは何か」「老舗とは何か」を合わせて追求しています。

2006年3月、リニューアル"鬼怒川温泉ホテル"

「古き良き温泉情緒をモチーフとした演出と、新しいホテルスタイルを取り入れた湯を楽しむリラクゼーションホテル」をテーマに、居ごこち、湯ごこち、旅ごこちにこだわった、人にやさしく心癒す温泉情緒の宿として皆様をお迎えいたします。

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